誰が悪いとかじゃなくて、やっぱ不自然なこの社会

さくっと聞いちゃえばすごく当たり前のことなんだけど、

わりと忘れちゃうからみんな(もちろん、ぼくを含めて)病んじゃうわけですよね。

臨床してて思うこと(精神科)/うつで自殺した部下

http://blog.m3.com/moromoro/20080429/1


精神科の先生のお話って、わりと和んだりすることが多いです。

一説にはそういった先生方もなんらかの病を抱えているとかなんとか。

自分の病があるからこそ、患者さんの病も理解ができるのかもしれません。


あっ、「精神科といっても先天的な・・・」とかのバイアスは、

とりあえず横に置いといてから書いています。


で、本題。


このブログの執筆者である先生のお父さんの一言から始まりました。


「うつの人間って望みが高すぎるんだな」とかいう。

ブログ主である先生はびっくりします。

なんせそれこそが、自らが10年かかって辿りついた真理だからです。

その真理をお父さんはたった1つのケーススタディで把握します。

ニュースで自殺の問題をやっていて、

親父の昔の部下が、転勤して行った先で自殺したらしい。


お父さんはふつうの公務員。


そして部下はというと、

・コミュケーションがうまく取れなかった

・仕事があまりできるほうではなかった

・愛想は悪くなかったが、気分の浮き沈みが激しかった

・一応、フォローすれば仕事は出来ていた


ここからはつらくて、心がきついです。

まるで自分を鏡で見せられているようです。


・「出来る人材」と見られたがっていた

・最初は愛想がよくて何でもやろうとするけど負担がかかるとすぐ萎える


そして、彼はお父さんの部署から異動することになりました。

異動先の様子が気になり、お父さんは彼の評価を聞きます。

しかし・・・

移動した先での評価は「明るくて、頑張ってやれている」

との評価だったらしく、心配要らないといわれて

親父はほっとしていたらしいけど、

「グダグダと」だったその彼を「やれている」と見る上司って

要はちゃんと面倒見てないってことだから、

その彼はきつかったんだろうな、

アクセルを吹かし続けて、限界を超えちゃったんだなと思った。


・・・

・・・・


ああ、そうか、アクセルを吹かし続けると限界があるのか。

明るくて、頑張ってやれてても、ダメなときはダメなんだ。


そして、お父さんは

「能力以上に評価を求めてしまうことが、彼自身を追い詰めてしまったんだな」


と彼を顧みます。


失敗しない仕事を与えると、もっとできると彼は言う。

そして引き受けても結局潰れてしまう。

彼も落ち込むし、まわりの評価も下がる。

彼は思う「おれはこんなもんじゃない、次は見ていろ」


これってすごくポジティブに見えるけど、

実は自分で自分を追い詰めちゃってるんですね。


明確に今はぼくは、自分で自分を踏み潰している。

よっしゃ、一度、潰れるか。


みなさん、迷惑かけてごめんなさい。

ぼくが原因で、いやな思いをしている人すべてにごめんなさい。

いまの状況はどう考えても、ぼくが原因で引き寄せている困難ばかり。


もう遅かった。